日々雑感 
成人の日は育てた人が感謝される日 2010年1月19日
成熟社会は中小企業と大企業が逆転する 2009年2月25日
政治家もマスコミもバカばっかりだ! とトンサンはどなった 2009年2月24日
近未来予測二つ 2006年4月23日
会社内空洞化 2005年7月5日
会社は全員が頑張ってこそ伸びるもの 2004年6月4日
ほら言ったとおりになった 2003年10月28日
今を大切に(O君への応援歌) 2003年9月26日
世界平和をもたらすのは武力ではなく、友愛である 2003年6月30日
ホームレスは地球に優しい
 2003年2月13日
コロッケを食べると思い出す
 2002年12月25日
それでもあなたはWindows派?
 2002年11月26日
国境線なんて見えないのに 2002年10月25日
ノーマライゼーションとは 2002年8月3日
またも満員電車で泣きました 2002年6月7日
10年待った車は手に入らないかも・・・
 
2002年3月4日
政治が身近に・小泉メルマガ 2002年1月11日
輝いてこそ人生 2001年12月9日
厚木東高は偉い 2001年11月29日
10年待った車 2001年11月11日
さすがはプロ 2001年10月21日
パソコンのOSにはなぜ子供用・大人用がないのか? 2001年9月29日
超合金カッターで地雷バリバリ処理 2001年8月17日
田中真紀子氏は正しい 2001年8月12日
ボランティアのいない方がよい社会 2001年6月2日
身体の快適と心の快適 2001年5月19日
エスカレーターは止まって乗るものです 2001年5月13日
車内でお化粧している人は嫌いです 2001年4月11日
金髪は好きです 2001年4月8日
携帯電話を持たない理由 2001年4月7日
たばこは臭い・ダサイ・めんどくさいでやめました 2001年4月1日
子は預かりもの 2001年3月17日
選択の春です 2001年2月25日
日本政府のアホ 2001年2月7日
家電メーカーの怠慢 2001年2月4日
ホームページは自分史です 2001年2月2日
IT革命はどうなるのでしょうか? 2001年1月7日
成田さんに国際栄誉賞 2000年10月29日
電車の中で泣きました 2000年10月25日
障害があったからこそ 2000年10月23日
金メダルにさわった 2000年10月21日
宮沢賢治や尾崎豊のように 2000年10月19日
曇り空の秋の日は 2000年10月9日



成人の日は育てた人が感謝される日 2010年1月19日
成人式では育てられた人がお祝いをもらうが、成人の日は育てた人が感謝される日なのだ。

おぎゃあと生まれると天は「あなたたちにこの人を預けた。大人になるまでしっかり育てて下さい」と言った。育てる人(親)は「わかりました、自立できるように育てます」と約束した。
預けられた人(子)は成長し、やがて自立できる力を付けた。
育てた人は天に向かって「もう大人の仲間入りができます。自立できるようになりました」と報告する。天は「大人になるまでよく育ててくれた。ありがとう」と言って育てた人に感謝した。
その言葉を伝えるのが育てられた人なのである。「お父さん・お母さん よく育ててくれました。ありがとう」
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成熟社会は中小企業と大企業が逆転する2009年2月25日
不景気になり大企業は儲からない仕事はどんどん切り捨てている。
儲からない仕事とはたまにしか売れない商品、手間のかかる少量生産の商品だ。
ところが日本は右肩上がりの成長期を終え、これからは成熟社会。
成熟社会ではお客様はこだわりを持つ。
「自分にあったこういう商品が欲しい。」
ところが大企業ではそれらの商品は利益が出ないので作らない。
お客様
「多少高くてもいいから作ってくれないか」 大企業「いや、うちではそういう商品は扱ってないんですよ」そこに中小企業が名乗り出る。「うちで作りましょう」
お客様
「おお、作ってくれるか。大企業はどこも作ってくれないので困っていたのだ。多少高くても良いから良いものを作ってくれ」
 中小企業はお客様のニーズに合わせた商品を作る。しかしお客様のこだわりに答えるには高い技術力が必要。これをクリヤして作った商品は大企業の商品より高くなる。右肩上がりの成長期では中小企業の商品は安くないと売れなかった。だが成熟期は中小企業の商品の方が高くなる。これが逆転現象その1。

お客様のニーズに合わせた商品が作れる中小企業の商品は高い。そしてそういう商品を作っても儲かる仕組みができれば、大企業の商品より高いのだから儲けも大きい。従って給料も多く払うことができる。優秀な技術者は中小企業に集まってくる。これが逆転現象その2だ。
つまり成熟社会ではお客様のニーズに合わせて商品が作れる中小企業商品の価格は大企業よりも高く、従業員の給料も高くなるのだ。
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政治家もマスコミもバカばっかりだ! とトンサンはどなった2009年2月24日
中川財務相がG7会議終了後、ろれつの回らない状態で記者会見したというていたらくをめぐって、進退問題でもめていた。アメリカがオバマ政権に代わって、クリントン国務長官の第一番目の訪問国が日本だというのに、新聞各紙の1面トップは中川一(いち)議員の進退問題をでかでかと取り上げていた。
また数日後のTV討論では政治家と有識者が自民党のこれからのこと・政権争いについて討論していた。
パソコンでゲームをやって遊んでいたトンサンは、おかあが見ていたTVに向かって
「何をやってんだ! いいかげんにしろ! 派遣切りや大量解雇・給料カットが起きてる不景気の対策はどうなっているんだ! 政治家ならちゃんと自分の仕事をしろ! TV局もTV局だ、こんなことをテーマにする場合じゃないだろ!  こいつらみんなバカばっかりだ! チャンネルを変えてくれ! 」とどなってしまった。
まったく、今やらなければならないことを政治家もマスコミもやっていない。庶民はじっと耐えるだけでなく、声を大にしてこのアホウたちをどなりつけよう!
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近未来予測二つ2006年4月23日
今朝ふたつのテレビ番組を見て感じたこと。
1つ目はついにMacintoshにも「インテル入ってる」になったが、CPUで世界シェア8割のインテルの特集番組だった。
僕が知っている最初のコンピューターは、端末の機械とパンチカードだった。センターにあるCPUは見たこともない。
おかあと一緒に見ていて、おかあは記憶装置として使っていた磁気テープを知っているという。また30年前に1.0.1.0の原理とプログラムとはどんなものか、会社で習ったことがあるという。
へぇー!! 意外な事実にビックリ。(●ω●)!!
テレビを見ながら思ったこと。
それはこれからのテレビはパソコンと同じレベルのCPUが搭載されるだろうと言うこと。
 テレビでCMが流れる。「詳しくはこちらのホームページへ」
でもホームページを見るには起動が遅いパソコンの電源を入れなければならない。
そんな面倒なことは誰もしないだろう。URLだって覚えていられないし。
そこで近未来のテレビは「詳しくはこちらのサイトへ」・・・リモコンでそれを選択するとすぐにサイトが開く。
こうなるのは間違いないと思った。
二つ目の番組は検索エンジンの番組。
「インターネットで情報を検索するのは、こちらの情報を提供するのと引き替え」と言うことを習った。
これも考えていなかったことで、ビックリ(●ω●)!!
アマゾンなどの書籍販売では、購入履歴をもとに「おすすめ」があるそうな。
Googleもそのアクセス履歴から、個人向けのCMをチョイスしたり、検索結果を表示したりするそうだ。
つまり同じキーワードでトンサンが検索した結果と、あなたが検索した結果は違うと言うことだ。
と言うことは垂れ流しの現在のテレビと違って、こちらが欲しい情報を送るのでそれが個人情報として蓄積される仕組みになっているらしい。
そうなると過去は群衆というのは顔が見えなかったけれど、いまは群衆でも一人ひとりの顔が見える時代になってきていると言うことである。
ああ、なんだか恐ろしい。(>ω<)
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会社内空洞化2005年7月5日
いま会社は従業員を減らしスリム化を図っている。
会社を運営するのはトップクラスの人たちだけでいい、第一線で働く人は仕事が減ったら引き上げてもらうことのできる派遣社員にするということである。
これをトンサンは「会社内空洞化」と呼ぶことにした。

競争に勝つためには固定費などを削減し(ぜい肉を落とす)世の中の動きに機敏に対応できる体制にしなければならない。
これはすごく合理的なことに思えるが、問題がある。
それは「自ら判断して仕事をする人間がいなくなってしまう」ことだ。
派遣社員ならば「頼まれない仕事はしない、自ら判断して残業したりしない」のだ。契約で働いているのだから。
上に立つ人間は派遣社員の自主判断による仕事は望めない。キチンとした仕事を望む場合は事細かに作った「マニュアル」を渡し、この通りにやれと指示する以外にない。つまりマニュアル以上のことは望めないのだ。これは派遣社員が悪いのではなく、このような制度の宿命なのだ。

製造業は賃金の安いアジアの近隣諸国に取られ、日本は空洞化すると言われてきた。
日本での製造業を衰退させないためにこのような雇用形態をとっているのだが、これが会社を滅ぼす原因となる。
かつて日本は「会社人間」と呼ばれる忠実な従業員と、会社も従業員家族を大切にする「福利厚生」制度で発展してきた。
いま職場の半分が派遣社員となり、いついなくなるかわからない人たちに「こんなこと教えてもなぁ」と思い、育てることをしない。「会社内空洞化」は現在進行形だ。
これは会社にとっても、派遣社員にとっても、残された社員にとっても、良くない制度なのだ。
このやり方を変えるのは、そう、若いあなたしかいない。若いあなたに期待をしよう。
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会社は全員が頑張ってこそ伸びるもの2004年6月4日
会社は全員が頑張ってこそ伸びるものだ。
もう「プロジェクトX」のような奇跡は起こらない。

かつて「物をつくる前に人をつくる」と言われた会社があった。
一人一人の知恵と工夫と汗の結晶が一つにまとまったとき、大きな仕事が成し遂げられる。
経営者は人を育てた。
経営者は人の個性を大事にしてきた。
経営者は「人の和」を大事にしてきた。
経営者にとって社員は家族であり、社員の家族もまた社員と同様に大切にしてきた。

最近の世の中の風潮は「できる人間だけを集め、できない人間は排除する」という傾向にある。
自分で頑張らない人間はいらないと言う。
一見もっともらしい言葉だがトンサンは違うと思う。
社内で伸びるためによい環境にある人もあれば、そうでない環境で働く人もいるのだ。
このやり方では「できない人間・弱い人間」は萎縮し、格差が広がり全体のボトムアップが図れない。
社員に能力の差が広がって運営効率も悪くなる。
社内に一体感・全員経営の雰囲気がなくなれば会社の体力は衰え、底力は出ない。
もう「プロジェクトX」のような奇跡は起こらないのだ。

トンサンはこの傾向へのリバウンドは10年以内に起こると思っている。
もしかしたら現在の経営者もそう思っているのかも知れない。
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ほら言ったとおりになった2003年10月28日
10月27日の読売新聞夕刊トップに「パソコン4600台持ち腐れ」と出ている。
IT講習で全国自治体に配備したパソコンのことだ。
パソコンは3〜4年もすれば粗大ゴミになることはわかっている。
トンサンは日本政府がやるべきことはパソコンの講習ではなく、だれでも使える機械の開発を奨励することだと書いた。→
日本政府のアホ 2001年2月7日
やっと今年12月からデジタル放送が始まり、テレビがパソコンにとって代わりそうだ。
しかし、パソコンに代わる機械が出てくるのが遅くなったのは家電メーカーの怠慢である。
これも以前書いた→
家電メーカーの怠慢 2001年2月4日
どうして政府の人間は先を見通すことができないのだろうか。→IT革命はどうなるのでしょうか? 2001年1月7日
先を見通すことができる人間に日本丸の舵取りをしてもらいたいものである。
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今を大切に(O君への応援歌)2003年9月26日
わずか半年で組織変更があった。
O君たちは半年前、他の組織から移ってきた。
O君はうちのやり方に慣れようと、一所懸命ルールを学んだ。
そしてようやく学んだことが生かせるようになった頃、また組織変更でO君たちの組織は転出することになった。
何のために一所懸命やったのか。

しかし、いい加減にやったことと違って、一所懸命にやったことは身に付く。
身に付いたことは必ずどこかで役に立つ。
今後も先の見通しはわからないが、今を大切に一つ一つ丁寧に仕事をこなして欲しい。
O君、新しい職場でも大きく羽ばたけ!!
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世界平和をもたらすのは武力ではなく、友愛である2003年6月30日
アメリカは世界の紛争を力で押さえようとしているが、それでは平和な世界は作れない。

見知らぬAさんとBさんが出会った。Aさんは腰にナイフを下げていた。
別れてからBさんのまわりの人が言った「危ないので刀を差していった方がいい。」
Bさんは刀を差して行った。
別れてからAさんのまわりの人が言った「危ないのでピストルを持っていった方がいい。」
・・・相手が信用できないと武器に頼ろうとする。
その結果平和はどんどん遠くなる。

これは北風と太陽の話にも似ている。
旅人の外套(がいとう)を脱がそうと思ったら、北風のように力で吹き飛ばそうとするのではなく、太陽のように暖かく語りかけることなのだ。
相手が信用できれば、ピストルを置き、刀を置いて行く。
最初に出会ったとき、Aさんがナイフを持っていても、Bさんは丸腰の姿勢を崩さず、いつも和やかに語りかけることだ。
これは度胸と勇気のいることである。
武力に頼る弱いアメリカにはできないことだろう。
しかし日本ならこの役がやれそうな気がする。
自衛隊は北風のようにではなく、太陽のように振る舞って世界に平和を作っていって欲しい。
名前も平和隊に変えたら。
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ホームレスは地球に優しい2003年2月13日
ホームレスの人達は地球に優しい生き方をしていますね。
コンビニで期限の過ぎたお弁当をもらって食べる。

賞味期限が過ぎてもまだ大丈夫、おいしく食べられます。
しかし、賞味期限が過ぎたら商品として売ることはできない。
見込みで生産し、売れる見込みで仕入れる。売れなければ焼却されて捨てられる。
なんともったいない。
地球の資源を無駄に消費している。
焼却するためにガスや重油の燃料をさらに消費する。
そのうえ焼却時にダイオキシンなどの有害物質を出したり、2酸化炭素を出してオゾンホールを拡大している。

ホームレスの人達は生きるために最低限必要な動きしかしません。
生きられるだけの食べ物があればいい、ちょっと酔えるだけのお酒があればいい・・・
このギリギリで生きていくことが、地球にとってはもっとも負担の少ない生き方なのです。

一所懸命働き、結果として大量なゴミを作ってしまった賢いと言われていた人間たち。
いま、地球にやさしい=もっとも合理的な 生き方をしているホームレスに学ぶところがあるのではないか。
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コロッケを食べると思い出す 2002年12月25日
コロッケを食べると思い出す・・・
トンサンが小学生の時、我が家は貧乏だった。
まだ学校給食が始まる前だから小学校4年生くらいの時か・・・
お昼の時間になると何人かの小学生が校庭を駆けて正門の前の肉屋に飛び込んだ。
みんなお弁当のおかずにコロッケを買うのだ。
コロッケ2個を買うものもいれば、コロッケ1個とポテトフライを買っていくものもいた。
トンサンはいつもコロッケ1個だった。
コロッケ1個5円。
肉屋でソースをかけてもらった1つのコロッケを、少しずつ大事に大事に食べた。
家でも同じであった。ご飯は2杯お代わりするが、コロッケは一人1個。
それでご飯が2杯食べられるよう大事に大事に食べた。

その日いつものとおり校庭を走ってコロッケを買いに行った。
肉屋のおばさんは「はい、おまけだよ」と言ってポテトフライを一つ付けてくれた。
それからずっと僕が買いに行くとポテトを一つおまけにくれた。
この時のことは今でも忘れない。
コロッケを食べると思い出す、ポテトフライを食べると思い出す・・・
あのころは貧しかったが、楽しかった。思いではキラキラと輝いている。
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それでもあなたはWindows派? 2002年11月26日
上記タイトルで、ある情報誌に寄稿した書き物だが、公共機関の発行物としては言葉が過激であり内容が偏っていると言うことで、後半部分がカットされてしまった。
半公共物である情報誌としてはやむを得ないことと思うが、トンサンとしてはかなり主旨を変えられて不本意なので、ここに全文を掲載することにする。
これを読んでWindows派が反論してくることを期待しています。
(*≧ω≦*)ひゃっはっはっ!!
なぜみんなはMacintosh(以下Mac)を使わないのか? それは次の理由によると思う。
 1. 回りの人が教えてくれるのがWindows(以下Win)だから。
 2. 身近にMacを使っている人がいない。
要するによく解らないのでさわりたくないと言うところだろう。存在そのものを知らないと言うこともある。
Macだとソフトが少ないという意見もあるが、僕は困ったことがない。
Word,Excel,PhotoshopなどまずMac用として販売され、後からWin用としても発売された。
そもそもWinはMacをまねしたものである。
マイクロソフトが「文字だけのコンピューターなんて売れない。Macのようにマウスを使い、ウィンドウで操作できるようにしよう」と考えたのがWindowsだ。
しかしその構想がMacのように気高くはなく、形だけをまねした中途半端なものなので、Macの使いやすさには追いつかないのである。
その結果が「電源を切るのに電源スイッチを押してはいけない」「ボタンが二つもあり、どちらを押したらよいかわからないマウス」になっている。
Winは難しいので頭がいい人が使うパソコン、Macは簡単なのでバカでも使えるパソコン、しかしその実体はMacを使う人はWinも使える頭のいい人が多い。
(*^ω^*)トンサン記
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国境線なんて見えないのに 2002年10月25日
突然夕刊のテレビ番組表にも出ていない特別番組が始まった。
北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの子供キム・ヘギュンちゃん(15才)への特別インタビューだ。
正直言って日本のテレビ局が北朝鮮でインタビューできるとは思っていなかったので驚いてしまった。
キム・ヘギュンちゃんは母方父方とも祖父母はいないと聞かされていた。
ところが母親は日本人で日本には祖父母がいる。
日朝国交正常化に向かって、拉致された人達が日本に向かったとき、キム・ヘギュンちゃんも日本から祖父母が会いに来てくれるものと思っていた。そう聞かされていたのだ。
ところが今度も会いに来てくれない、日本から来た人達は自分に質問するだけ。
彼女がおじいさんおばあさんに会いたいと泣いたときは、トンサンも一緒に泣いてしまった。
それを見ていた横田夫妻も北朝鮮へ会いに行きたいと思ったに違いない。
しかし隣には日本政府の人がいて、こちらから行くと横田めぐみさんの調査がほごにされ、拉致問題の解明ができない。向こうから来いと言っている。

国と国との軋轢(あつれき)にもまれ、個人の人生は荒波にもまれる小舟のようにもてあそばれている。
ああどうして素直に国と国はつき合えないのだろう・・・
ああどうして地図には国境線があるの、地球にはそんなもの見えないのに・・・
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ノーマライゼーションとは 2002年8月3日
厚木市情報プラザでは、市民の皆さんにパソコンの使い方を教えています。
受付へ来なくてもいいように電話申込が出きるようになっています。
しかし聴覚障害者は電話申込ができません。FAX申込というのがないのです。
それを聞いたあるボランティアの人は、聴覚障害者を優遇しようと言うようなことを言われました。
それはありがたいことですが、聴覚障害者が望んでいるのは電話(FAX)申込が出きるようになることなのです。
優遇をすることではなく、健常者と同じ環境にいられること。
これがノーマライゼーションです。

また、車いすの人が段差を越えなければ入れない建物があったとします。
障害を持っているのは車いすの人ではなく、段差がある建物の方なのです。

これらの障害を無くし、FAX申込・段差無しを実現した社会がノーマライゼーションの社会なのです。
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またも満員電車で泣きました 2002年6月7日
またしても満員電車の中で涙を流してしまいました。
それは混雑する中、吊革につかまってPHP6月号を読んでいたときのことです。
「天国のわが子から届いた手紙」というヒューマンドキュメントです。
63才の声楽家の石さんが先天性の障害を持つ3人の子供に次々と先立たれ、
10年前に書いた息子からの手紙が届いたという内容です。

心臓疾患を持つ長男が生まれてから5年目、長女が生まれたがわずか2週間で他界してしまう。
その5年後に次男が生まれたが、さらに重度の心臓疾患を持っていた。
石さんは無料コンサートや難病の子供を救うためのチャリティコンサートなどにも積極的に参加した。
そんな中、突然長男を失ってしまった。
心臓疾患を持つ長男は海で泳いだ後、心停止で亡くなってしまったのだ。
妻とも別れ、次男と二人だけの生活になる。
そして7年後、石さんは長男の墓参りに次男と行く予定をしていた。
当日次男は「眠いから家にいる」と言って残った。
石さんが「ただいま」と戻ってきたときには、ベッドで安らかな寝顔で永眠していた。

長男が亡くなってから10年後、長男が小学校5年生の時にクラスの詩集に書いた詩「手紙」が当時の担任の先生から届けられた。
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手紙はいいなー
全国各地へ行く手紙
外国へ行く手紙
ぼくも手紙になって
たびをしたい
おでこに切手をペタンとはって
今日は、国内
明日(あした)は、外国へ
どこへ行くのもおもいのままさ
行ってみようか、あの国に
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石さんは親友に作曲を依頼した。
そして石さんは、コンサートで「手紙」を歌った。
3人の子は長くは生きられなかったが、今も石さんの胸の中で生き続けている。

・・・・・・子供に先立たれることほどこの世の中でつらいものはないでしょう。
しかし石さんは今日も元気に活動していることだと思います。
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10年待った車は手に入らないかも・・・ 2002年3月4日
今日はあちこちのホンダを回ってモビリオの値引き交渉をしてきました。
モビリオは「おとうの部屋」→「車いじり」→「こんな車を作ってくれ」に載せてあるように、トンサンが10年前からほしがっていた車にもっとも近い車です。
でもマツダのプレマシーが安い!!
プレマシー1800cc 7人乗り
168万円→30万円値引きで138万円。おまけにメーカーから7万円のオプションプレゼント
なんと37万円の値引き!!(何も言わないで最初から見積書に書いてあった)
だから都合131万円。
それに対してモビリオは出たばかりだから仕方ないかもしれないが、引いても10万円・・・
モビリオ 1500cc 7人乗り
160万円→10万円値引きで150万円
「プレマシーは1800ccなのに20万円も安い、そしてバツグンの出足、さらにスタイル良いときたら、モビリオを買う理由はどこにあるの」と言われたらねぇ・・・
プレマシーはトンサンも前からねらっていた車なのでこれだけ安ければこっちでも良いかと言う気になってきました。・・・10年待った車は手に入らないかもしれない・・・
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政治が身近に・小泉メルマガ 2002年1月11日
小泉内閣のメールマガジンを読むようになってから、政治が身近なものとして感じられるようになった。
最初どんなものかと興味だけしかなかったが、読んでみると平易な言葉使いで読みやすいものだった。これは意外だった。
今までの政府の感じからでは、堅い読み物ですぐに読むのをやめてしまうだろうと思っていた。
考えてみれば日本のTOPからのメッセージを直接国民が受信できるというのはすごい。
これは途中で、変調をかけられず、まっすぐ届くというものだ。
まさにIT時代の申し子である。政治が身近になった。
森政権時代のインパクは僕の予想通り失敗したが、小泉政権のメルマガはITの特徴をうまく利用して国民の心に響いた。
これからもページ数を増やさないと言う編集長の方針の元に頑張ってもらいたい。
(以上の内容は本日小泉メルマガにメールしたものです)
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輝いてこそ人生 2001年12月9日
今日テレビで見たのだが、若くして将棋の女流名人になった人がいる。
彼女は先天性の難病を患っていて医師からは10才まで生きられないと宣告されていたそうである。母は希望を捨てずに「何かこの子に楽しめるものを」と将棋をすすめた。
他に楽しみの知らない彼女は、将棋なら体の大きさに関係なく、大人にでも勝てると思った。環境にも恵まれて次第に将棋にのめり込んでいく。
やがて将棋を教えてくれている師匠の女流名人と戦うことになる。
接戦の末、師匠に勝った。新女流名人の誕生である。
彼女は本を書いた。「輝いてこそ人生」  テレビに映った彼女は輝いていた。
強く生きる人は美しい。
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厚木東高は偉い 2001年11月29日
東高が偉いというか他の取りやめにした高校が情けないというか・・・
沖縄への修学旅行の件である。
テロが心配で、米軍基地を抱えている沖縄への修学旅行を取りやめにした高校が多いと聞く。
厚木東高の生徒・先生・PTAたちはこんな時だからこそ行くべきだ、沖縄が抱えている基地の問題、日本に置ける沖縄の立場、沖縄の人々の生活、そういうものを勉強するいいチャンスじゃないかと修学旅行を敢行した。
全くそのとおりである。修学旅行はただの観光旅行ではない、その土地の人々の生活を見聞するにはまたとないチャンスである。
少しぐらいの不安材料で沖縄旅行を取りやめにしてしまうなんて、自分の子供がかわいくないのか。
かわいい子には旅をさせよ。
少しぐらいの緊張感のある方が、人は成長する。
厚木東高の生徒たちは沖縄を励まし、沖縄の人達も東高の生徒たちを歓迎した。
東高の生徒にとっては思い入れの深い、実りある沖縄旅行になったと思う。
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10年待った車 2001年11月11日
ようやく欲しかった車がでてきた。その車は雑誌によると HONDAのS・U・Uと言う名である。
トンサンは10年くらい前からいろんなメーカーのディーラーへ行ったとき「4メートル位の3列シートの車が欲しい」と訴えてきた。
今の1Boxでは大きすぎる。最近増えてきた「軽」をちょっと大きくしただけの3列シートの車では小さすぎる。4m位の長さの車がいい。
しかもこれもトンサンが訴え続けている「運転席の後ろにドアがある」つまり5ドアの車である。
さらにこれも前からトンサンが言っていた「ダッシュボードシフト」(ダッシュボードのところからシフトレバーがでている)になっている。
後席ドアの窓が下がらないとか、4輪独立懸架ではなさそうなところが希望どおりではないが、かなり理想に近い車である。
今までどこのディーラーでも「4mは中途半端、需要がない」「右側ドアは危険だ」と言う答えだった。
そう言っていたセールスマンたちよ、見ているがいい、きっとこの車は爆発的に売れるから・・・
HONDAのS・U・Uのページへ
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さすがはプロ 2001年10月21日
プロに感動した話を二つ。
その1. 車を運転しようとしたら足元にスプリングが落ちている。
げっ これはプレーキかなにかの?
のぞいてみても異常はない、でも心配になったトンサンは車屋さんに持っていった。
セールスマンに話したら「もしかしたらブレーキの・・・」 やっぱり
でも整備担当者は一目見て言った「これは車の部品ではありません」
トンサンはほっとした、一目見ただけで車に使われていない部品だとわかるのはすごい。

その2. 7年前に買ったMacの内蔵電池が切れた。
パソコン屋にその電池を持っていき、若い店員に聞いた。
若いからわかるかなと心配だったが、若い店員は手に取ることもなく「それはMacの電池ですね」とすぐに在庫を出してきた。
めったに買いに来る人もないだろう内蔵電池を品名をすぐにわかって、おいてある場所も知っていてすぐに出てくる。すごい。

これらの人達こそ「さすがプロ」と呼ぶにふさわしい。
こういう人達にあった時って何かうれしくなるものである。
自慢することなく当たり前に仕事をこなしていくことのすごさ。尊敬する人達です。
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パソコンのOSにはなぜ子供用・大人用がないのか? 2001年9月29日
パソコンのOSにはなぜ子供用・大人用がないのか?
うちの子供が小学生だったときに言った、「なぜ子供用のパソコンの本がないの?」
そしてそれは6年たった今でも無い。
誰でもがパソコンを使うのだったら、それはテレビのように簡単なものでなくてはならない。
一気にテレビのようにするのが無理なら、カスタマイズやソフトウエアのアップデイトもできないようにした小学生用OS・中学生用OSといったものを作ったらどうか。
誰にでも使えるパソコンを目指してマウスとウインドウを開発したアップルコンピューター社に言いたい、「バージョンアップできない、しなくていい道具を作れ」
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超合金カッターで地雷バリバリ処理 2001年8月17日
地雷を取り除くのに、人の手でまるで遺跡の発掘のようにソロソロと掘り出している。
あんなもの爆発させていいんだから機械を使ってもっとどんどん破壊できないかと思っていた。
地雷処理用の機械がなかなかできないことに歯がゆさを感じていた。
そんな中「
超合金カッターで地雷バリバリ処理」と言う新聞記事を見つけた。
やったー 日本の中小企業がついに地雷をどんどん取り除く機械を作ったのだ。
油圧ショベルのアーム先端に回転式のカッターを付けたもので、立木や大きな石を切断しながら地雷を爆破させることができるという。
今までできなかったのは爆破に耐える材料や構造が開発できなかったかららしい。
それにしてもこの機械を作ったのはこの中小企業の社長がカンボジアで見た現状を憂い、一日でも早く地雷をなくしたいという一途な思いだったと感じる。
日本はこのような形で世界平和を推進してもらいたいと思う。
このニュースはもっと多くのマスコミで大きく取り上げられるべきなのだが・・・
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田中真紀子氏は正しい 2001年8月12日
昨日 田中真紀子氏が参院選の応援演説で迷惑を掛け、自民党の群馬県連と候補者に謝罪したと言うニュースがあったが、田中真紀子氏は間違ったことをしていなかったと思う。
トンサンは真紀子氏の演説をテレビで見て面白いなと思った。
自民党選挙対策本部は真紀子氏という有名人をできるだけたくさんの候補者の応援演説に走らせ、真紀子氏に過酷な日程を持たせていたこと。真紀子氏はそれに対して「今 駅で名前を聞いた、会ったこともない人の応援などできない、自民党はこんな選挙をやっちゃダメだ」と演説で言った。
これは真紀子氏の自民党選挙対策本部に対する本音であり、その言っているとおりだと思う。
自分があったこともない人を応援するというのはトンサンの感情からしてもできない。
応援される方だって自分のことを良く知ってもらって理解してもらってから応援されたいだろう。だから謝罪された側もかえって申し訳なかったというような顔をしていた。
よく考えれば真紀子氏の言うとおりで、反省しなければならないのは自民党選挙対策本部の方なのに、今回の処分を見て「自民党の体質は変わっていないな」と感じた。

 余談だがトンサンは国の政策を決定する人達の半分が女性でない現状は正しくないと感じているので、党派を超えてこれからも女性を応援します。
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ボランティアのいない方がよい社会 2001年6月2日
トンサンはマルチメディアボランティアとして市民の皆さんにパソコンの使い方を教えています。
先日マルボラが教えた人が1000人になり「祝 1000人達成イベント」を行いました。
でもお祝いをしちゃいけないのです。パソコンを習う人が多ければ多いほど、パソコンというものは使いにくい機械だということなのです。
マルボラはそういうパソコンを作っているメーカーに対して「使いにくくてもいいよ、俺たちがどんどん教えるから」と言っているようなものです。こうやってメーカーに対して改善を促さず、今のパソコンを容認していたらいつまで経っても使いやすい機械は生まれてきません。
また「パソコンっていろんなことができるよ」とパソコンの楽しさだけを吹聴したら、パソコンを買った人が苦労するのは目に見えています。
そうして苦労する人を増やし、ついに使いこなせないでパソコンは粗大ゴミになります。
つまりマルボラは機械の進歩を妨げ、苦労する人を増やし、ゴミを増やす手助けをしていることになります。
本来パソコンは教わらなくても誰でもが使えるものでなければならないと思います。
だからマルボラはいない方がよい社会なのです。
トンサンは手話サークルにも属していますが、手話の世界も同じことがいえます。
ろう者のために手話ボランティアという活動があります。でも国民全員が手話を使えればボランティアなど無いはずです。
ボランティアが多いのは良い社会だと思うのは錯覚です。
トンサンの夢はどんどんまわりの人を手話ボランティアにし、国民全員を手話ボランティアにすることです。国民全員が手話ボランティアになれば、もうボランティアという言葉も無くなるでしょう。
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身体の快適と心の快適 2001年5月19日
快適には二つあります、身体の快適と心の快適。
トンサンの子供の頃に比べると最近は身体の快適が良くなりました。
自宅でも通勤電車でも冷房が入って快適に過ごせます。
雨の日でも車があるし、テレビは座ったままでチャンネルを変えられます。
しかしそれに比べて心の快適は良くなったでしょうか?
知らない人同士が声を掛けやすい環境は、昔の方が良かったと思います。
知らない人がやっている社会的に害のあることも、注意しにくくなっています。
つい黙って見過ごしてしまいます。心に苦い思いを残しながら。
家で調理をしているとき「醤油が足りない、隣で借りてこよう」ということもなくなったでしょう。そばにコンビニがある便利さと引き替えに、コミュニケーションが薄れていくのを感じます。身体が快適になると心の快適は遠ざかっていくのでしょうか?
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エスカレーターは止まって乗るものです 2001年5月13日
2人並んで乗るエスカレーターは、いつから一列並びになったのでしょうか?
小さい子供の手をつないで乗っているお母さんが、上下に並んで乗るなんて変ですよね。
大きな荷物を持った人も不便でしょうし・・・
急いでいる人への親切で一列並びになったしまったエスカレーター、そのため弱者を犠牲にしてしまいました。
いや弱者だけでなく、普通に乗る人でも一列に並ぶようになってしまい、乗るまでに時間がかかるようになったり、列に並ぶ時間が惜しいので右側に乗り、歩きたくはないのに歩かされてしまっている人・・・あなたもそうではありませんか?
止まって乗る正しい姿にエスカレーターのマナーを戻しましょう。
自分一人では勇気がいるのであなたも一緒に。
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車内でお化粧している人は嫌いです 2001年4月11日
電車内でお化粧している人は嫌いです。
お化粧とはきれいに化けること。
化けている途中を見たくはありません。
トンサンは 自分がリップクリームをつけるのさえ電車内では恥ずかしいからしないようにしているのに・・・
きれいな人でも車内でお化粧をしていたら幻滅を感じてしまいます。
もっとも きれいな人は車内ではお化粧しませんね。
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金髪は好きです 2001年4月8日
金髪は好きですね〜
なぜって   明るいから
朝礼などの時後ろから見たとき、真っ黒な頭が並んでいるより明るい金髪が並んでいる方が明るくていいと思いませんか?
おばあさんがライトブルーに染めているのを見て「あっ、いいな。」と思いました。
白髪になったおばあさんでしかできないライトブルー。
若い人も絶対かなわないライトブルー、
トンサンも早く全白髪になって染めたいライトグリーン。
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携帯電話を持たない理由 2001年4月7日
今トンサンは携帯電話を持っていません。
2年後くらいには持つようになるかもしれませんが・・・
1. 携帯電話の維持費は高い。
2. 携帯電話は不自由。
3. 携帯電話は人に迷惑を掛ける。
この3つが主な理由です。
維持費は家の電話と同じくらいになればよい。
トイレの中で、ボッチャン「もしもし」とやっているのを聞くとああ可哀想だな、何でそこまでと思ってしまいます。携帯電話を持つ人に自由はありません。
友人と二人で談笑しながら道を歩いているとき、突然携帯が鳴り友人が電話の相手と違う会話で談笑を始めると、話が終わるのを待ちながら一緒に歩いている人は寂しい。
トンサンはこんな気持ちを人に与えたくはありません。
電車内では電源を切るように言われています、でも守っている人はほとんどいません。
これでは「ペースメーカーを付けたやつは満員電車に乗せない」と脅迫しているのと同じです。
技術の進歩やマナーの向上によりこれらがクリアされればトンサンも携帯電話を持つようになるかもしれません。
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たばこは臭い・ダサイ・めんどくさいでやめました 2001年4月1日
むかしトンサンはたばこを吸っていました。
しかし「臭い・ダサイ・めんどくさい」で13年前にやめました。
臭い→たばこを吸った後の人と会話するととても臭いです。たばこを吸ってすぐに満員電車に乗ってくる人があると、身動きできないだけにとても困ります。
ダサイ→たばこを吸っている姿は遅れている人間を見るようでダサク見えます。トンサンの頭の中でたばこは過去の時代の遺物と映って見えます。
めんどくさい→たばこを吸っていた頃、出かけるときには忘れずにとか、自動販売機はどこだとか、たばことライターを入れるポケットのある服を着なければならない煩わしさがありました。Tシャツやセーターはポケットがないし、別にバックを持つと手ぶらで出かけられないし。
いやそれ以上に強力な効き目だったのが、おかあの「ねえ、ほんとにたばこやめない?」と言う一言。この言葉が忘れた頃に(半年ぐらい経つと)発言されるので「そうだな、すわない方が楽だな、やめた。」とすっきり13年前の11月11日にやめました。
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子は預かりもの 2001年3月17日
早いものでマック鈴木家の上の子はもうすぐ高校生になる。
はっきり覚えている。あれはその子が産まれて3ヶ月の時、友人が「そうかぁ まだミルク飲み人形だね。」と言った。別に悪気があって言った言葉ではないが、トンサンは人形という言葉にカチンときてうちへ帰って子供に試してみた。
『おもちゃのガラガラを見せ、子供がつかもうと手を伸ばしたら引っ込める。また見せる、引っ込める。』これを3回繰り返したら、子供は怒ってトンサンをにらみ返してきた。トンサンは感激した。3ヶ月の赤ちゃんでも自分の意志はしっかりと持っている。
人形でなくてよかった。トンサンはこの時から親の意見を押しつけず、子供の気持ちを尊重しようと思った。
ある人が言っていた、『子供は授かりものではなく、預かりものだ』と。
トンサンもそう思う、自分の持ち物ではないのだ、もらったものではなく天から預かっているものだと。二十歳になったら天に返さねばならない。自立できて天に返せる日が近づいてくるのがうれしくもあり、ちょっぴり寂しくもある今日この頃である。
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選択の春です 2001年2月25日
今年の春は選択を迫られている。子供の高校受験「私立か公立か」まあこれは子供が決めるのだからいいとして。
マイラインはどこにすべきか?  まあこれも大した問題じゃない。
これが問題だ、会社の給与形態の二者択一。転勤の可能性は低いが給料が1割下がる方と、給料はこれまでと同じだが転勤の可能性は大いにある方と。退職金も同様に減るので考えてしまう。また転勤は単身赴任となり、経済負担が大きいし。
生命保険もそうだ。
今年で満期になり補償額は20分の1に減ってしまう。同じ金額の補償を確保するにはこれまでの4倍以上の保険金を納めなければならない。
こんな仕組みになっているとは満期になるまで知らなかった。
花粉症でなくても今年の春は憂鬱だ。
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日本政府のアホ 2001年2月7日
政府はIT革命のためパソコンの使い方を国民に普及させようと予算を計上していますが、金を出すだけで具体的な実施方法は地方自治体任せです。
厚木市の場合は今日になっても市民にパソコン講習会の話はありません。
そもそも森首相自身が使えないパソコンを国民の間に広めようと言うこと自体がおかしい。
森首相は言うべきだったのです「わしがパソコンを使えないのはわしの頭が悪いからではない、だれにでも使えないパソコンが悪い」と。
そしてIT革命はパソコンに変わる情報機器を早く普及させ、それに助成金を出すべきなのです。今の政府のやり方はパソコンという粗大ゴミを増やすだけです。
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家電メーカーの怠慢 2001年2月4日
家庭のパソコンの普及率は5割を越えたそうです。2000年のパソコンの売り上げ台数は史上最高で今年はさらにそれを上回る見込みとのこと。
こんなに使えないパソコンを増やしてしまったのは家電メーカーの怠慢です。
パソコンを買ったけど使えないと言う人がどんどん増えています。
IT革命とやらで眠っていたパソコンを使ってみたいという人もたくさん居ます。
ところがデジカメやスキャナー、プリンターを買っても、最近の機器はUSB接続に変わってしまっているので昔のパソコン(といってもたった3年前のです)に接続できなかったりします。
今年パソコンを買う人は難しくて使うのをあきらめ、やがてパソコンに変わる機器を買って使うようになるでしょう。
こうして粗大ゴミは増えていきます。家電メーカーはもっと早くパソコンに変わる機器を出すべきだったのです。粗大ゴミを増やしたのは家電メーカーの責任です。
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ホームページは自分史です 2001年2月2日
ホームページを開設して1年が過ぎました。
振り返ってみるとトンサンのページは今までトンサンがやってきたことや考え方などで構成されており、これは自分史だなと実感しています。
だれのために自分史を書くかというと、まず自分が生きたあかしを残しておきたいと言うことでしょう。つまり自分の満足のためです。
だれに見てもらわなくても・・・でもひょっとして誰かが見てくれるのではないかという期待も込めて これからもトンサンはホームページを続けていくと思います。
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IT革命はどうなるのでしょうか? 2001年1月7日
森首相がテレビで宣伝しているインパクのホームページを見てみましたが、フラッシュが多用されていて、まず自分のパソコンの環境を知ってそれに合わせた入口からはいるという初心者には難しいページになっています。こんな作り方をしているのではまずIT革命は起きないでしょう。中に入ってもなにがあるんだかうまく案内されていません。商品券といい、二千円札といい政府のやることはドジなことばかりです。
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成田さんに国際栄誉賞 2000年10月29日
オリンピックで活躍した選手に「国民栄誉賞」を与え、パラリンピックで活躍した選手に「国民栄誉賞」をあげなかった政府に対し、成田さんの活躍をたたえ、マック鈴木家より国際栄誉賞が授与されました。
表彰状です。
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電車の中で泣きました 2000年10月25日
タイトルと関係ないけど、成田さん 2つ目、さらに3つ目の金メダルおめでとう。
トンサンは今日電車の中で涙を流してしまいました。
それはPHP10月号の「私を叱ってくれた人」という読者の手記を読んでいたときです。
トンサンは単純な感激屋さんなのです。ちょっとしたことでも感激してしまうとすぐにウルルン状態です。今日は入院している親父のこともあって少し神経過敏になっていたのかもしれません。
目に涙がたまってきたとき、どうやってごまかそうかなと考えます。
片目だけだとゴミが入ったような振りをして・・・でも両目がウルウルの時は困ってしまいます。
50過ぎのおじさんが本を読んで泣いたなんて恥ずかしいですよね。
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障害があったからこそ 2000年10月23日
掲示板が表示されなくなってしまった。サーバーの故障でいつまで待っても表示されない。
困った、掲示板を見ようとした人に迷惑がかかる。サーバーが何かお知らせを表示してくれると良いのだけれどもなにも表示してはくれない。
何かみんなに知らせる方法はないか?
トンサンはJabaで自動的に数秒間表示を出せることを知り、これだと思いトライしてみました。
障害がなければトンサンにこの技術は身に付かなかったでしょう。障害があり、何とかしようと思ったからこそ・・・
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金メダルにさわった 2000年10月21日
成田真由美さんがシドニーのパラリンピックで金メダルをとった。成田さんおめでとう。
数年前成田さんが厚木中学校に来て講演をした。その時成田さんは濃いピンク色のとってもかっこいい車いすに乗っていた。
その時、ほかの障害者の人ももっと自分の車いすを飾っておしゃれを楽しめばいいなと思った。
公演中成田さんはアトランタでとった金メダルを会場に回覧してくれた。
トンサンが金メダルを持ったのはこの時が最初だ、もう金メダルを握ることはないだろう。成田さんありがとう。
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宮沢賢治や尾崎豊のように 2000年10月19日
PHPと言う雑誌の中で「その人が死んだときに評価するのは手に入れたものの大きさではなく、人にあげたものの大きさだ。」と言う内容のことをある人が書いていたが、まさにその通りだと思う。
トンサンは尾崎豊という歌手は知らなかった。突然の死でみんなから惜しまれ、葬儀が終わってからもお線香をあげに来るファンは後を絶たなかった。
尾崎豊の歌を聴くと確かにじんとくる歌だった。尾崎豊は死んでファンを増やした。
宮沢賢治も死んでから有名になった。宮沢賢治の本を読んでその思想を知ったとき、何で生きているうちに有名にならなかったのかと思う。
トンサンも宮沢賢治や尾崎豊のように生きたいと思う。
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曇り空の秋の日は 2000年10月9日
曇り空の秋の日は過去を懐かしむのにふさわしい。
小椋桂・・・さだまさし・・・山口百恵の歌う「秋桜」・・・ビートルズ・・・
もっともっとさかのぼって
シューベルツの「風」・・・トワエモアの「誰もいない海」・・・チェリッシュの「だからわたしは北国へ」・・・
サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」・・・
ピーター・ポール&マリーの「悲惨な戦争」・・・ジョーン・バエズの「ドンナ・ドンナ」・・・
そうトンサンがフォーク・ソングに夢中になったのはこの人の影響だった、森山良子。
高校生の時ラジオの深夜放送を聞きながら勉強していた。「キョーリン フォークカプセル」と言う番組を聞くときはペンを休めていた。
森山良子の歌の中ではナッシュヴィルで録音した「古い田舎町」と言う歌が好きだ。
♪とても ちいさな まちよ〜   ♪ふるい いなかまち〜
曇り空の秋の日は昔の歌を聴くのがいい。
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