最初に購入したビデオはビクターのVHSビデオです。
NHKのプロジェクトXに登場したあのビデオです。
昭和52年(1977年)頃
ビデオの走りだったので値段は高く、(28万円)チューナーのチャンネル切り替えなどもガチャガチャと回して切り替えるタイプでした。
だから留守録画も1チャンネルしかできません。
でも意外と進んだところもあって、2倍速再生で音声が聞き取れるようにデジタル処理がしてあったりして今となっては驚きです。
画質も10年後に買った10万円のビデオよりずっときれいでした。

取扱説明書

上のビデオが売られていた頃発売された雑誌です。昭和53年9月15日(1978年)2000円
今この本の名前は変わり「ビデオサロン」という名で月刊誌になっています。
映画評論家の荻昌弘氏とソニー株式会社の常務木原信敏氏の対談が載っていますが、ビデオにマイコンが入って1週間録画ができるようになること、ビデオデッキとビデオカメラは一体型になることを予測しています。
しかし技術の進歩は驚くほど早く、予想されていた時期よりもずっと早くそれは実現したのでした。

ビデオカメラ登場。昭和54年(1979年)238,000円
このころになるとナショナルもVHSビデオを作り始め、(ナショナルは最初VHSでもなくベーターマックスでもないVX方式のビデオを松下寿電子工業で生産していた)
ビデオカメラも発売した。
ポータブルのビデオテープレコーダー(VTR)とケーブルで結ばれ、カメラ部が3.4KgVTRが8.9Kg、合わせて12.3Kgの重さだった。
とても今では考えられない、技術の進歩はすごい。
トンサンはこのあとに発売されたナショナルの肩乗せタイプのビデオカメラを買いました。

子供が産まれ、肩乗せタイプのビデオカメラで撮影しようとしたところ、昼間でも室内ではハロゲンライトを使わねばならず、「まぶしくて赤ん坊がかわいそうだ」とおじいに言われ、思い切って左のカメラを買いました。
京セラの8mmビデオです。(中身はSONY)VTRとカメラが一体になってこの大きさ、劇的な進歩。280.000円
昭和60年(1985年)
これも8mmビデオの走りです。

さてこのカメラを分解するとこのように分かれます。
一番大きいのがVTR部、次がレンズの付いたカメラ部、バッテリーが入ったグリップ部、小さなブラウン管のビューファー部、AV出力変換部のコネクター部、マイクです。
2代目の8mmビデオを買ってこのカメラを車載用に改造しようとしましたが、そう思ってからもう8年もすぎてしまいました。

さてこれが現在まだ使っている8mmビデオカメラです。古くなって6万円くらいで売っていたのを買いました。
長い間使っているのでマイクのスポンジ部がすり切れています。
もうそろそろデジタルのビデオカメラにしたいんだが子供が大きくなってビデオを撮ることもなくなってしまった・・・・

8mmはいい、コンパクトで。
というわけで据え置きのVTRも8mmにしました。
SONYの8mmデッキ。デッキも小さい。
(左オーディオカセット、右8mmテープ)
8mmテープはオーディオカセットと一緒に収納ケースに入れています。
(VHSとさよならしたマック鈴木家ですが、子供の教材にVHSテープが付いてくるので仕方なくVHSデッキ付のテレビを買いました。)
昔の写真のアルバムは厚く重いので(フリーアルバムというやつ)、みんな8mmビデオに撮り、大事な写真以外は思い切って処分してしまいました。
昔の写真を見るためにはテレビで見るしかありませんが、本当に大事な写真でなければこれでよいと思っています。フィルムはとってあるので焼き増ししたいときはできるし。
当時のカタログを持っています。

ナショナル マックロード
総合カタログ

1979年(昭和54年3月発行)

ナショナルの最初のビデオカメラVZ-C500や最初のVTR NV-5500等が載っています。

キョーセラ Finemovie8

1985年(昭和60年5月発行)

トンサンが購入したカメラのカタログです。

SONY Video8 CCD-V8

1985年(昭和60年1月発行)

上のキョーセラ Finemovie8は実はSONYのOEM製品です。

キャノン E06

1990年(平成2年6月発行)

トンサンが2代目に買った8ミリビデオです。

ビクター マイウェイ61
6インチカラーテレビ cx-61

このテレビはビデオのモニターとして使いました。
乾電池や自動車の12Vバッテリーを6Vに変換するコードがあったので、撮影現場で再生画像をみんなで見るときに最適でした。