社会人第一歩の時の趣味はオーディオでした
音楽を聴くのが好きで、いい音楽をいい音で聴きたいなと思っていました。
こんなものを作りました

自作のスピーカーの中身です。

(コーラルの8CX-50というユニットを使っています)
吸音材は毛布と綿です。

自作のアンプです。

プレーヤー用のイコライザーアンプとプリアンプまで作りましたが、メインアンプまでできませんでした。

もらったスピーカーを半分にちょん切って壁につるしました。

メインアンプの変わりにビクターのカセットテープレコーダーでスピーカーを駆動していました。


机の上に分解されているのはビクターのカセットテープレコーダーです。
高校生の頃トンサンは秋葉原へ行ってオープンリールのテープデッキのメカを買ってきました。
コパル電子と言うメーカのデッキです。それを重箱に入れ、テープレコーダーを作ったのですが、アンプ部がうまく作れず、録音再生しても蚊の鳴くような音でしか録音されませんでした。
しばらくして「カセット」という、箱の中にリールが二つ入ったテープのデッキがフィリップスというオランダのメーカーから発売されました。
これは画期的なテープで今までのようにテープがぐちゃぐちゃにのびて部屋中に広がるということが無くなりました。この時から家庭で使われるテープはカセット式になりました。
カセット式のテープレコーダー(デッキ)を売り出していたのはフィリップス、日本ビクター、パイオニア、ティアックの4社でした。その中でビクターは唯一1台で音を再生できるアンプ・スピーカー付のテープレコーダーを出していました。
このカセットテープレコーダーはトンサンのオーディオ試作品のテストに大活躍してくれました。
後で知って驚いたのですが、このテープレコーダーはモノラルだったのに試聴用に付いていたテープはステレオだったのです。8年くらいたってステレオのカセットデッキを買って初めてこの事実を知りました。
この写真はその頃のものです。
後ろに見えるのは自作のスピーカー(コーラルの8CX-50というユニットを使っています)、友達から買ったトリオのチューナー、コロンビアのレコードプレーヤー、トンサンの勤めている会社から安く買った店舗用のアンプです。これでオーディオを聞いていました。


やがて機器も充実し、オーディオとしての体裁が整いました。
右スピーカーの上がパイオニアのレシーバーです。
レシーバーというのはチューナーとアンプ部が一体になったものです。
日本ではチューナーが別になったいわゆる今で言うコンポが主体だったのであまりヒットしませんでした。でもこれがスイッチやつまみの操作に重厚感があり、ブルーの照明もとてもきれいで自慢の一品でした。
中央にパイオニアのカセットデッキが入っています。
今では見られないテープを斜めに傾斜させて装着するタイプのものです。
この頃のメカは手動式でプレイのスイッチを押し下げる指の力でメカの駆動をしていました。
従って留守録をするために工夫しました。デッキの下に見えるのがナショナルのタイマーです。
デッキの下に電磁プランジャーを付け、プレイのスイッチを引っ張るようにしました。
これをタイマーでON-OFFさせ、留守録をさせていました。
(この頃トンサンの髪の毛は長かったのです)

ずいぶんたってからデッキはアカイのものに変えました。


留守録はもちろん、ダブルデッキで、ダビングもプログラムを組んでオリジナルテープから好きな曲を好きな順番に並べ自動で録音してくれると言う優れものでした。



時は流れ 今はこのパナソニックのコンポですが、これも古い。MDやDVDの再生できるものが欲しい。でも昔のレコードも再生できるようにしたいな〜
トンサンの夢は今も続くのです。

トンサンの夢の続きです
2001年7月 念願のレコードが聴けるようになりました。
床下を整理していたら78回転の昔のレコードからLPアルバムやシングル盤のレコードがでてきました。いらないものがほとんどだったので売りに行ったら、LPアルバム1マイ10円、シングル盤1枚5円でした。全部で1000円近くになりました。
査定をしてもらっている間に中古のアンプを探していたら、プレーヤー端子付のアンプが見つかりました。
トンサンの持っていたパナソニックのアンプにはプレーヤー端子はなかったので、プレーヤーはあったのにレコードを聴くことができなかったのです。


ジャンク品として売られていたこのSONYのアンプはたった500円でした。
動作は保証しないとのことでしたが、ボリュームがガリオームになっているぐらいで問題なく使えました。
おかげで中学卒業時にもらった卒業式のフォノシートを聞くことができました。